五木寛之・出版記念講演会
1/24、東京プリンスホテルにて、五木寛之先生と松原泰道先生の対談本「いまをとう生きるのか」出版記念講演会に参加しました。
(主催の致知出版のホームページはこちらhttp://www.chichi.co.jp/news/topics/1445.html)
尊敬する松原先生からは、「日にあらたに、日日にあらたに、また日もあらたなり」と、「今日一日」を精一杯生きる大切さを優しく説いて頂きました。「日めくりカレンダーのようなありがたさ・・・1日めくるたびに『今日もありがとう』と感じ、日めくりの薄い紙の『今日』の後ろにはうっすらと『明日』の日付が見えるのが嬉しい」という気持ちを持ちたいものです。
そして、「うなづきとる」ことの大切さ・・・「心の受信機」を大きくすることだともおっしゃいました。さらには、人生の暗闇にも、足下を取られそうな沼の深みにも、自分の歩みの先導になってくれる「杖(つえ)」・・・真心を込めて日々尽くしていくための自分の「杖ことば」を作りましょうということです。本当にありがたいお言葉を頂戴しました。101歳にして、発するお声は通りが良くて、とにかくユーモアをいつでも忘れない方でいらっしゃいます。まだまだ、お元気にお言葉を発信し続けて下さい。
五木寛之先生からは、こういう時代に「慈悲」の「悲」の方を見つめる大切さを教わりました。お話の中で「看病」の「看」の字は、「手」と「目」から出来ているので、「手を当てて、じっとみつめてあげている」ことなんだと言われ、妙に得心した気分になりました。松原先生も昔、お父様がお亡くなりになった時に、悲しみにうちひしがれる自分に何の言葉をかけるでなく、ただひたすら一晩中、横に座って手を握りしめていてくれたという親友のお話を聞いた覚えがあります。薄っぺらい言葉で無理に励まされるより、無言で一緒に悲しんでくれることがなんと有り難いことだったかとお話し下さったことを覚えています。
五木先生はまた、「下山の時代」だからこそ、「萎える」ことも大切だともおっしゃいました。自殺してしまう人は、心が弱いからではなくて鋼のように強くてかたくなだから、ある時ポキッと心が折れてしまうというのです。だから、「萎える」すなわち「しなる」ことも大切だと。
お二方には色々大切なお言葉を頂戴できたようです。暗闇の先が見えてこない荒涼とした不況と「心の砂漠」の時代に、仏教が救いの手になるような気がしてなりません。まさに、「仏教ルネッサンス」が始まっているのではないでしょうか。 (by Q)

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