「国家の品格」再考
年の瀬に来て、あまりにも政治家たち(特にトップ!)の情けなさに苛立ちます。日本に輝かしい新年「初日の出」のご来光は照らされるのだろうか・・・ここで一つ思い出すことがあります。ちょっと堅い話で恐縮ですが。(ちなみにQ太郎は右でも左でもありませんから)
先月(11月)、ベストセラー「国家の品格」の著者である藤原正彦氏の講演を聴くチャンスがありました。新田次郎の次男であり、数学者である藤原氏が、荒廃した日本の現状を憂い、我が祖国の将来に警鐘をならすその厳しい提言は、まさに今、再考すべき課題であると感じました。彼の主張を断片的に羅列します。
●この10年で「国民」が命がけで「お国柄」を壊してきた。
●例えば「国民」は「公平」を乱用している。もともと「自由」と「平等」などは、存在しないフィクションであるのに。
●国民の世論など気まぐれであるのだ。
●そんな国民にリーダーが「迎合」してしまっている。「国民ともっと論じ合って」とか「国民の目線に立って」とか必ず文頭に付ける政治家ばかりであるが、政治を「気まぐれで身勝手な国民」の目線でやったら、国は滅びる。
●何かと諸外国のやり方を無駄に真似して、これまでどうにかうまくやって来たことさえも改悪してしまうリーダーたち。もっと、「日本の国柄」を固守するべきだ。日本は世界で希有な「異常な民族性」なのだ。その「異常な民族性」を大切にせよ。
●日本の国柄とは、例えば国語力を中心に世界ダントツの初等教育レベルであるのだが、これはダントツ世界一でなければ、この国は滅んでしまう。2番3番ではダメなのだ。資源も何もない国土ではダントツの初等教育こそが原資である。
●その「教育」も、今や子供中心(迎合)になってしまって、なにかとすぐに「子供が傷つくから」などと偽善的になる。寺子屋を思い出せ。
●例えば明治の頃は、外国から来た人が日本の人々の生活を目の当たりにすると、「日本人はみんな貧しいけれど、みんな幸せそうだ」と異口同音に語ったという。そんな日本の国柄は、「契約」とか「論理」の関係でなく、まさに「人情」の関係で成り立っていた。
●本来の日本人は「論理・合理・理性」よりも「美的感受性」「高貴な情緒」が勝っている民族性である。であるから、やはり国家再建の方向性としては「金融大国」でなく「ものづくり大国」を目指すべきでる。
●そして、「家族愛」「郷土愛」「祖国愛(ナショナリズムとは違う)」を大切にし、「測穏(そくいん)・・・弱者への涙」こそがこれからのキーワードにならなければならない。
世界に稀である我が祖国の異常なる民族性を誇りに思わなければ、日本は沈没してしまうよ。それと、世界一の部分は世界一でないとだめなのだよ。それと「○○ちゃんが絶交するって言うからこの間の約束はナシにしてね」とかいう気弱な小鳩ちゃんよ、八方美人になって目が泳いじゃっているから、目が飛び出して落ちそうだよ。
by 気まぐれな国民の一人より

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