3.11からちょうど半年が経つ前々日、Q太郎は仕事の関係で仙台に出張しました。
仙台では、不動産会社の社長さんからショッキングであり貴重なお話を色々と頂きました。
ある宮城県出身のお客さんが、住んでいる東京から仙台に家族で引っ越してくるために戸建てを買うことになり、社長の不動産会社で3/10に契約し、現金決済だったために即引き渡しとなりました。そして、一部追加工事を請けたために3/11に現地で会うことに。「ちょっと遅れて3:30位になりそうです」とお客さんから連絡を受けて事務所の社長室で待っていたその時に・・。
その戸建ては大きく毀損しました。もちろんその日はお客さんと会えるどころではなく、それでも4日後くらいにコンタクトをとったところ、「4月から子供の新学期。なんとか引っ越してくるように直してくれ」との難しい要請。電気だって水道だって寸断の状況で。それでも社長はお客様の事情を案じてなんとか数名の職人を集め、あの悲惨な状況の中で数日後からやれるだけの作業。しかし、なんと1ヶ月後に起きた余震こそ、そこの地域では本震以上のダメージだったのです。なんという悲劇。
社長の親族も親戚も津波で命を落としました。地域の体育館。寒さが悲しみを増幅させ、なんとか発電機で明かりがあるものの薄暗いそこで、並べられた300以上の遺体から1体ずつ、自分の親族を探していく・・・。見つかっても、連れて帰ってすぐに火葬できない・・・。死化粧を施してもらっても10日も待たされては・・。 また知人であった親子は、父母の方は1ヶ月半後くらいに見つかった。しかし生後3ヶ月の赤ちゃんが判明したのは8月に入ってから・・。
他にも語り尽くせない日々を社長は通過してきたそうです。が、社長は言いました、「この半年間は、みんな生死をさまようその日その日。でも、ここからが、目を開けてみるとそこには残ったローンなど・・・現実の地獄です、東北の人々は。」と。
さらには、「よくねえ、野球の●●監督みたいに勝手に『頑張れ』とか、書いたり言ったりする人がいるけれどねえ、これ以上どうやって頑張ればいいのって。ああいう軽率な『頑張れ』の押しつけはホント頭来ますよ!」と憤慨していました。
そうなんですよね、僕も今後その言葉気をつけます。前回の福島宿泊の時に、ホテルフロントの壁ど真ん中に「まげてられっか」の額を見て泣きましたけれど、地元が自らを「がんばろう」「がんばっぺ」と鼓舞させるのはいい。でも、ずーっとピンと張り詰めさせているわけでなく、萎えるとき、いや萎えなければいけないときがある。そんな時に、外部の者に「頑張れ」と言われたら、髪をわしづかみにされて引きづりあげられるようなものです。
「がんばろうニッポン」はいいんじゃないかと思いますけれど。「明日へ東北、がんばろうニッポン!」とか。
福島、といっても今回は南会津方面に行きました。お世話になっている酒屋さんに会うためでもあります。昨秋に行ったときには観光バスがひっきりなしに客をピストン輸送していた「大内宿」なんかも、まあ今は時季外れと言うこともありますが、写真のようにびっくりするほど閑散としています。
宿泊は有名な温泉ホテルだったので、満室近いようでしたが、だいぶ中身で努力しています。夕食は個室で、ずわい蟹お造り、大エビ(ロブスター)刺身、アワビ踊り焼き・・・・などなど、これでもかという品揃え。お湯(天然温泉)もいうことなし、朝食も美味しく頂いて、1万円ちょっと。フロント精算では、夕食で地酒を注文していたことや、「横浜からただただ泊まって遊びに来たようなもんです。くつろぎました」ということが、フロントの方にすごく感動的に喜んでもらえたのが、逆に嬉しかったものです。前回も、郡山のホテルで同じように喜んでもらえたなあ。
どうです?いまなら、観光スポットもゆったり見られます。安くて絶品の宿泊ができます。ただ遊びに行くだけでも、福島の方々に本当に喜んでもらえます。行きましょうよ。
そうだ、福島へ行こう