最後の最期にも無償の愛を教えてくれた
先日書き込んだとおり、宗派を超えて仏様の教えを説き続けられた仏教界の至宝とも言える松原泰道先生が101歳で7/29に逝去なさいました。
ブログを投稿した夜に、松原先生を偲んで、5年くらい前にテレビで放映された先生のドキュメント番組をもう一度見ました。そうしたら、先生のお話の中で鳥肌が立ってしまったことがあります。
お母様のことですが・・松原泰道先生のお母様は実は育ての母であったということを、中学入学の時に知り、その時に内心「なんだ、本当のお母様ではないのだ・・」といった曇りの心情が出てしまった反省がまずひとつあったようです。
それと、お母様は今でいうヒステリー症状であったということで、旅をして各地を回っていた泰道先生のたったひとつの心の拠り所が妻からの手紙だったのですが、まったく手紙が来ないと思っていたら、後で分かったことが、妻が書いた手紙をお母様が女中さんから受け取って、勝手に開封して処分していたということ。そんなことがあって、お母様には正直なところ、わだかまりの気持ちが僅かでもできてしまったのです。そんな気持ちがあったまま、お母様は分疎開先の空襲でお亡くなりになられてしまったのです。
自分が仏様の勉強をしていながら自分の母親にはわだかまりの心を僅かでも持ち、それが晴れる前に死なれた事を、泰道先生は対談の中で(それ以後のお母様への気持ちとしての)「宿題(となったん)ですね」とおっしゃったんです。その「宿題」を日々こなすべく、もちろん先生はその後、一生お母様への愛と感謝の気持ちを忘れずに暮らしてこられたわけですが、対談の中で「お母さまは空襲で7/29に亡くなったんです」とおっしゃていたわけです。なんと、泰道先生はお母さまの命日にお亡くなりになったわけです・・・最後の最期に「宿題」を全うして、お母さまからの無償の愛へのお返事をなさったのでしょうか。
松原泰道先生は本当に日が暮れる時まで我々に教えを気付かせてくれたのですね。本当に一生辻説法の方でした。本日は、お通夜、明日告別式です。(by Q)
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